大通の丸善、さらば。

6699f137.jpg札幌の大通に店を構えていた丸善が、今夜を最後に閉店した。
来月末に、あの有名なサッポロビール園のとなりにできるショッピングモールに移転する。ワンフロアでひろびろしているというこの街の書店業界の流れに乗るための移転と言って間違いないだろう。5フロアに分かれた店舗構造が、そんな昨今の流れに乗れないという理由だそうである。
僕の古巣・三省堂をはじめ、札幌駅周辺には紀伊國屋、旭屋と3つの大型書店がしのぎを削り、なんでも総蔵書数は300万冊に及ぶという。紀伊國屋も旭屋も、元々は大通近辺にそれぞれ店があった。丸善が消えて、札幌の大型書店は完全に「駅前一極集中」の姿になった。あのあたりに残るのは、リーブルなにわ、ピヴォブックセンター、そして紀伊國屋(小型店舗)のみ。180万都市のど真ん中に書店がこれしかなくなるというのは、いささかショックだ。

和洋の芸術書の品揃えでは札幌一の存在だったから、僕もよく行っていた。そしてなによりも、丸善は「本屋らしい本屋」だった。自分の店の顔がはっきり見える本屋だった。そういう店も、昨今の札幌では貴重になったような気がしてならない。


最近の大型書店のどこにも言えるのだが、とにかく”量で勝負!”というのがどうも頭に出てしまっている感が否めない。
店が広い。ベストセラーが品切れることなく何面もの平台を使ってドサリと並べられている。なかなか手に入りにくい専門書もびっしり……。
同じ書店員をやっていた者として、お客さまの求める品揃えをするということは店づくりの必須条件。でも。

どこも同じになっちゃうのです。
平台の作り方も、棚指しのセレクションも。
それこそ、どこで買っても同じ価格なだけに、どこで買っても同じになってしまう。本屋の印象が薄くなっちゃう。
それって、読者にとってとても不幸なことではないだろうか。

そこで、店の個性、もっと突っ込んで言えば、書店員の個性が必要になる。
僕は書店の仕事をしていて、もっと自分たちの顔が出てもいいんじゃないのかな、ということをずっと思っていたし、その考えをかなりの部分で押し通させてもらった(笑)。それがPOPづくりやフェアの選書に現れて、店の顔になる。
最近は書店もデータ主義やチェーンオペレーションがいささか進み過ぎ、本部の意向が相当な力を持つようになっている会社も少なくない。そんな中、丸善はかなり各担当者の個性が出ていたように思う。それこそ、デパートの一角にあっただけに料理・実用書のラインナップは幅広く、探しやすさが考慮されていたし、丸善の顔でもある洋書はよくワゴンフェアを開いていたし。
どのジャンルも棚が荒れていないし、いつでもピシッとしていた。1Fの真正面の新刊台や文芸書も、ドンと積み置きするのではなく、こまめに補充していたのだろう、陳列に品があった。

そう、気品があったのです。それでいてワクワクする本屋。それがこの店だった。

移転後はショッピングセンターの中ということを考慮し、ファミリー層に向けた品揃えを重視するという噂だ。新店舗でどうなっていくのだろう、「専門書の」、「芸術書の」丸善は。
もうすでに、この街の書店は飽和状態と言って過言ではない。だからこそ、駅前にも、大通にも、どっしりとした書店はあるべきだったんじゃないかと思えてならない。

午後7時半。30人ほどの客に見守られながら、シャッターが下ろされた。僕も一冊の文庫を買い求め、そこにいた。
札幌のど真ん中から、「そこにあってほしい書店」が、また消えた瞬間だった。

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Yuuki URYU

この「私信」を書いている人。 北海道・札幌を拠点に、写真作家として活動。他にも紙媒体を中心としたデザインの仕事や、編集・インタヴューからラジオパーソナリティの経験など、もはや自分は何屋なのかと思い続けて幾星霜。 昨今のSNS的/メッセンジャー的レスポンスに疲れて、ただ「私信」を書いてみたいと思い、実は2004年から設けているこのブログを復活。