『アラキメンタリ』

20050510-p02.jpgシアターキノへ、kenkさんと久々に行った。『誰も知らない』を僕たち+マナブさんもうふさんで見に行って以来。んー、最近キノへ行く頻度が少ないな。興味のアンテナが反応する作品がなかなかないんだよなぁ。
でも、これは見たいと思っていた。『アラキメンタリ』。読んで字のごとく、アラーキー・荒木経維を追ったドキュメンタリーである。

(つづきは多少のネタバレがあります……)


僕は荒木のイメージとしてまず、「さっちん」を挙げる。千葉大学時代に初めて撮ってまとめた、東京五輪直前、東京近郊の団地の子供たちを丹念に撮った作品だ。ヌードも、人妻も、陽子夫人も、花も、街も、すべてはこの時に撮っていくことを構想していたかのように、いまと全く変わらない、撮る彼こそが一番無邪気で少年のような、そんな姿の透けて見える写真だと僕は勝手に思っている。だから、僕のいちばん好きな荒木の写真は、「さっちん」(でも「旅少女」も好きだけど……)。

映画は彼が「週刊大衆」の人妻ヌードを撮る現場からはじまり、彼に関わる人々……北野武、ビョーク、飯沢耕太郎、森山大道、etc…………のインタヴューを挟みながら続く。荒木の動きまわり、しゃべりまくり、撮る姿は、まるで格闘技の選手のようであり、おもちゃを与えられた子供のようでもあり、そして、よく見ていると、紳士のようでもある。
妻・陽子との「センチメンタルな旅」と、別れ。母と妻の死化粧をなぜ撮ったのか。行き着くのは、東京・三ノ輪で生まれ、5歳の春に経験した大空襲。すべては彼の人生のために用意された物語のようでいて、ただ、決して彼はそこにもとからある道の上を歩いてきた人ではないなと思った。飄々とした、Hなオッサンの皮をかぶった、ヒューマニティーにあふれた下町っ子、溢れ出る想像力と創造力に正直な求道者、そして、「愛」よりも「恋」を選ぶ男。
生きる証を残す手段は数あれど、彼が写真を取ったのは、やはり必然だったのであろう。

「愛」より「恋」……、荒木はこう言っていた。『「愛」は父や母からもらうもの、だが『恋』は自分からするもんなんだよ』、と。

だから、写真と恋愛は似ているのかもしれない。

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Yuuki URYU

この「私信」を書いている人。 北海道・札幌を拠点に、写真作家として活動。他にも紙媒体を中心としたデザインの仕事や、編集・インタヴューからラジオパーソナリティの経験など、もはや自分は何屋なのかと思い続けて幾星霜。 昨今のSNS的/メッセンジャー的レスポンスに疲れて、ただ「私信」を書いてみたいと思い、実は2004年から設けているこのブログを復活。