『誰も知らない』

いゃぁ、今まで見ていなかったのを後悔したとともに、偶然個展に来てくれた友人たちが「行く」というので一緒に見に行けて本当によかったと思う。去年のシアターキノの上映作品ベスト10の第1位作品ということで、現在アンコール中なのだ。

東京で17年前に実際に起こった母子5人家庭の母親の失踪事件を底本にしたこの映画は、その一家をまとめる長男を演じた演技初経験の少年・柳楽優弥くんがカンヌで最年少かつ日本人俳優初の最優秀男優賞を受賞したのだが、その先入観をリセットして見たところであっても、やっぱり彼の演技はすごいと感じた。
いわば密室劇であり、心理描写に大きなウェイトが置かれた脚本だけに、外見だけでは演じられないものがここにはある。しっかり者の長男が少しずつ”壊れていく”、そして”再生”するために起こす行動。12歳の少年とその兄弟(彼らの親はすべて違う人物なのだ…)にはあまりにも重い現実を自分のものとして受け止めながら、実は柔軟に渡り歩いていく様が、そのシリアスさに比べれば淡々とした映像で続いていく。だからこそ、見る者に対してもこの物語は重くのしかかってくる。


この作品のスチールを撮ったのは川内倫子なのだが(フィルムブックも出ている)、まさに彼女の撮る写真世界とオーバーラップする。淡い色調の中に、生と死が隣り合わせ。それは、東京という大都会のマンションの隣の部屋でもしかしたら起こっているのかもしれない「生と死の隣り合わせ」を、是枝裕和監督とはまた違った視点で切り取っている。
ふと思い出したのは、『tokyo.sora』(石川寛監督・’01年)。これも川内倫子のスチールで、なおかつオムニバス的で密室劇的なのだが、淡々とした日々の中に、実は生と死の隣り合わせがあるということをその映画でも感じた。
子供の世界は大人の世界の縮図であり、大人の世界は子供の世界の延長線上にある。是枝監督はそんな中に生じたエアポケットのような歪みを描き切ったし、柳楽くんはじめほとんどの役者は初めての演技だったのだが、見事にそれに答えている。
もしかしたら、こんなことが隣で起こっているかもしれない。そんな時代に僕たちは生きていることを、思い知らされた。

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Yuuki URYU

この「私信」を書いている人。 北海道・札幌を拠点に、写真作家として活動。他にも紙媒体を中心としたデザインの仕事や、編集・インタヴューからラジオパーソナリティの経験など、もはや自分は何屋なのかと思い続けて幾星霜。 昨今のSNS的/メッセンジャー的レスポンスに疲れて、ただ「私信」を書いてみたいと思い、実は2004年から設けているこのブログを復活。